DVに耐えられず実家を出ると決めた13歳のあの日から、パパ活で生きるお金を稼いできた話

Twitterでパパ活していたことをカミングアウトしたので、ブログでもまとめます。

 

簡単にいうと、13歳の中学生の時に、父のDVを受けて精神的にも身体的にもボロボロ、夜中父が大声で怒鳴り散らし、近所の誰かが警察を呼び、私の部屋のドアを蹴破り「お前が警察を呼んだんだろ!?」と殴り飛ばされ、蹴られて、もう家には居場所がないと思い、出会い系サイトでご飯を奢ってくれる人を探していました。

また、祖母の家に行ったり、友達の家を渡り歩いたり、場合によっては公衆トイレ公園やビルの屋上で野宿をしていたこともあります。

高校の時に一人暮らしができるほどお金が溜まれば、レオパレスとかに引っ越そうと思っていましたが、それほどには稼げませんでした。

高校生の時は、お弁当代を稼ぐために、パパ活とブライダルの配給をやっていました。

 

セックスは絶対にしないと決めていて、パパ活だけを目的にしていたので、ヤリモクの人に一度しか会わなくて「死ね」ってメールもらったこともありますし、車で海に連れて行ってもらった時に「このまま置いていかれたらどうする?」って聞かれて「どうにか人に道を聞いて帰ります」って答えたこともあったし、「絶対えっちしないから!」って言われて家に行ったら「ねえいいだろ…?」って迫られてぶん殴って帰ったこともありました(笑)

 

そのあと大学に合格した以降の話が、以下のツイートの内容です。

簡単にいうと、勝手に一人暮らし始めて、バイト掛け持ちしまくって生活費と学費をパパ活で稼いだという話です。

 

 

なんというか…こうやってまじまじと自分の人生を振り返ってみると、私ってよく生きてこれましたよね

中学生の女の子が、強姦されなかったのも、殺されなかったのも、野宿して補導されなかったのも奇跡みたいなものだし。

しかも高校受験、大学受験は鬱やADHDを抱えながらどうにかこうにか合格したってことですよね。

なんだこれ。

私の人生、なんだこれ。すごい。私ってよく生きてる。ありがとう自分

 

兎にも角にも、今はとても頭が良くて理解が深い夫が側にいてくれるし、親とはほぼ絶縁状態だし、ADHDや双極性障害の治療はできているし、大好きな友達や、素敵な仕事仲間がいるので、めちゃくちゃ幸せです。

 

13歳の私、よく頑張ったね。

ビルの屋上、寒かったよね。新聞配達のバイクの音が、私を探しに来た警察かと思って、ビクビクして眠れなかったよね。思い出す。

本当にお疲れ様。

これからの人生は、20代を迎えた私に任せてください。

必ず幸せになります。

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