「承認欲求」「自己顕示欲」って何?ないほうがいいの?【それ勘違いじゃない?】

「自己顕示欲が高い」と他人によく言われます。

あと、「承認欲求が高い」とか。

このような欲求は、高いって言われるってことは、無い方がいいんでしょうか?

承認欲求や自己顕示欲って、そもそもどういう概念でしょうか。

自分を認めたい?他人に認めたい?力を誇示したい?

承認欲求と、自己顕示欲って、違うの?

 

そんな疑問を抱えて色々と調べてみたので、まとめてみようと思います。

まず、自己顕示欲。

辞書で調べても「自己顕示欲」という言葉は出て来ず、「自己顕示」という言葉がヒットします。

1971年の水上勉の小説「凩」の一説で出てくるなど、少なくとも近代に出てきた言葉であるのは間違いないでしょう。

※凩(1971)〈水上勉〉二二「そらお父さんの自己顕示欲というか……一種のナルシシズムや思いますなア」

自己顕示(ジコケンジ)とは – コトバンク

 

自己顕示という言葉自体は、

自分の存在を必要以上に他人に目立つようにすること

という意味なので、

自己顕示欲という言葉は、

自分の存在を必要以上に他人に目立つようにするという欲求

という意味になりますね。

 

次に、承認欲求です。

承認欲求は、アブラハム・マズローが提唱した、超有名な「マズローの欲求5段階説」の一部です。

 

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マズローの欲求5段階説

人間の三大欲求は「食欲、睡眠欲、性欲」だと言われますが、マズローはこれをさらに5段階のレベルに分けています。

(①生理的欲求、②安全の欲求、③所属と愛の欲求、④承認の欲求、⑤自己実現の欲求)

また、承認の欲求は自己に対する評価をあげること、他者から評価されること、両方の欲求を指します。

 

言葉の意味を考えると、「自己顕示欲」は、他人から嫌味や皮肉を込めた意味合いで「あの人は自己顕示欲が高い」と言われるような意味合いです。

「承認欲求」は、自己に向き合い、社会的で健康な生活を送る上で、基本的な欲求であると言えます。

 

また、欲求の5段階評価については、よくこのピラミッドの図式が出されますが、この段階ごとに人々が欲求を満たすわけではありません。

人によって、どの欲求が一番最初に満たすべきものなのか、それは個人によって変わります。

 

実はこの5段階のピラミッドはマズローが考案したものではありません。

この図を見ると、欲求の優先順位が一目瞭然になるというメリットがあります。ですが「欲求の優先順位が固定的なものと錯覚してしまう」というデメリットもあります。

マズローも指摘している通り、5つの欲求の階層は不動のものではなくて人によって微妙な違いが見られるということを忘れてはいけません。

例えば、自己実現のために行われる「創造」という行為が三度の飯より好きという人がいます。ゴッホなどはその典型例で、生理的欲求よりも自己実現欲求が強い人と言えるでしょう。

jibun-compass.com

 

この理論でいうと、私自身の承認欲求が強いのは、それが満たされずに育ってきたので、ある意味当たり前であると言えるかもしれません。

家がある、ご飯を食べれる、などの生理的欲求、安全の欲求は満たされています。

そして、集団に属したいという欲求は、絶対的に少ないです。

 

昨今、SNSやインスタ、YouTubeなどで「承認欲求が高い」ということ自体を叩く人がいますが、それ自体を悪とすると、いつか自分に呪いとして帰ってくるかもしれませんよ。

SNOWで自撮りしていいじゃないか、人間だもの。

 

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